100年の歴史と誇り

転換期

昭和55年~平成7年(1980-1995)

建設業界が冬の時代を迎えていた昭和55年頃、港区西新橋に現在の本社ビルを建築する。
この時期は超高層ビルの新築塗装、高速道路、新幹線整備関連工事、原子力発電所関連工事等の従来の工事に加えて、様々な塗装工事分野に進出していくこととなる。
また、今後の市場を見据えてマンション修繕というリニューアル分野に注力していった時期でもあり、新築塗装から維持修繕へと主力事業分野が移行していったのもこの頃からである。

昭和55年(1980)三菱銀行本館塗装工事
昭和56年(1981)
ホテルニューオータニ タワー棟

昭和58年(1983) 髙橋修三が社長に就任し、前社長の意志を受け継ぎ全国の原子力発電所の塗装工事に全力を注ぐと共に多岐にわたる塗装分野で実績と経験を積み重ねていった。
千葉県で建設が始まった巨大テーマパークでは当時まだ一般的でなかった水性塗料を使う「環境配慮」型の塗装工事やあえて古い時代の塗装に見せる「エイジング」作業などこれまで未経験の施工経験を積んでいった。
また、マレーシアでは現地法人を設立し当時建設ラッシュに沸くクアラルンプールを中心にマレーシア航空格納庫新築塗装、厚生年金会館新築塗装、パンパシフィックホテル新築塗装、シャングリラホテル新築塗装などを行った。

昭和58年(1983)東北電力女川原子力発電所
昭和58年(1983)厚生年金会館(マレーシア)新築塗装工事

また、全国でインフラ整備が進み高速道路、新幹線整備関連、空港建設工事などにも参画していきました。
この頃国内では昭和60年のG5によるプラザ合意によるドル安・円高不況に対応する為、大幅な公定歩合の引き下げを契機に企業や投資家は金融機関から低利で借り入れた資金を土地や株に投資するようになり土地価格の上昇と共に日本経済は「バブル景気」を迎えることとなり、平成3年の崩壊まで実に51ヶ月に及ぶ景気の上昇と共に建設投資も84兆を超える水準まで進み、各種インフラ整備やスクラップアンドビルドによる社会基盤の整備が行われていきました。
原子力・火力・水力などの電力関連工事が原動力となり平成元年3月期には完成工事高がついに100億を突破した。
平成7年頃には完成工事高が150億を超えるようになり、マンションリニューアル関連の工事高が全体の4割を超えるようになってきた。
こうした工事量の増大と営業面での効果を鑑み、資本金を8千万から3億に大幅増資し来たる維持・修繕時代への体制が整えられていった。

昭和59年(1984)苫小牧東部石油備蓄タンク塗装工事
昭和62年(1987)新東京国際空港(成田)内壁塗装工事
平成3年(1991)東京都庁第二庁舎新築塗装工事
平成6年(1994)花見川住宅外壁塗装並びに関連工事
平成7年(1995)東京国際展示場(ビックサイト)新築塗装工事

■100年の歴史と誇り

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